家づくりポリシー

2011年11月 2日 水曜日

住まいの簡単な歴史②

住まいの簡単な歴史①の続きより・・・

その後古墳時代には竪穴式住居内に炉やカマドが出現するようになったと当時の復元住居にあります。
・・・台所の誕生ですね。でもトイレやお風呂は別だったようです。同室でなにもかも一緒には行かないですよね。
(「違いの分かる男」清家清や東孝光の設計した自宅は完璧なワンルームでトイレの戸さえもなかったというのは有名な話。
→自宅とはいえ家族のご苦労が忍ばれます)

今は調査も進み、事実とされた日本史も変わってきているようですね。
(自分が教わり信じてきた歴史が実は間違っていたとなると自分のアイデンティティーの根源さえ危うく感じるのは私だけでしょうか。)

小学生当時は竪穴式住居というのは弥生時代の特許のように思っていて時代が変われば家もたちまち変わるようなイメージで想像していましたが、身分差や地域差がかなりあり、平安時代でも多くの庶民がこうした住居で暮らしていたようです。

さらに時代が下がった例で東北地方では室町時代まで造られていたとか。
一方近畿地方では平安時代にはほとんどが平地住居へ移行したと推されています。

「寝殿造」「武家造」「書院造」は基本的な建築史用語ですが、貴族や武家・僧達、及び江戸時代の豪農の限られた住居であり、庶民の代表とは言えないのでどうかと思いますが、現存する古民家が少ないのでその後の研究で絵巻などに描かれている庶民の家などを参考に、畳の暮らしは近世(江戸時代)徐々に庶民にも浸透していったとされています。

床ひとつとっても、土間→板敷→畳という経緯は揺るぎません。モノが違いますが、現代ではまた板敷=フローリング貼に戻っているのは面白いですよね。畳だって、敷き詰めなくて畳ベッドになったり。それぞれにそれぞれの良さがあり、それを活かしていく文化はステキです。

投稿者 目黒区の一級建築士事務所オリガミックアーキテクチャー

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